これまでにない人口減少に直面する秋田県
このレポートでは、日本の人口問題の最前線にいる秋田県の状況について、詳しく見ていきます。秋田県は、全国で最も人口が減り、高齢化が進んでいる地域として知られています 。しかし、その問題は県全体で同じというわけではなく、市町村ごとにそれぞれ違った事情を抱える、複雑な状況であることを明らかにします。
秋田が直面する問題の根っこには、二つの大きな要因があります。
- 深刻な「自然減」:1993年以降、生まれる人の数よりも亡くなる人の数が多く、その差は年々広がっています 。
- 根強い「社会減」:特に18歳から24歳の若い世代が、大学進学や就職のために東京や仙台といった都市部へ出て行ってしまう流れが続いています 。
このレポートでは、県全体の大きな問題を、市町村という小さな単位に分けて見ていくことで、より具体的に理解することを目指します。それぞれの市町村のデータと、実際に行われている取り組みを比べることで、地域ごとのリアルな課題や対策を浮き彫りにします。まずは県全体の状況から始め、次に市町村ごとの詳しい分析に進み、最後に全体をまとめて、明日からできる具体的な提案をします。
1.県全体の状況 – みんなが抱える課題
この章では、まず秋田県全体がどのような人口の動きの中にあり、どんな戦略を立てているのかを見ていきます。これは、この後で各市町村が直面している個別の課題を理解するための、大切な背景情報となります。
1.1 数字で見る秋田県の今
秋田県の人口は、1956年の約135万人をピークに、ほぼずっと減り続けており、2020年には約96万人になりました 。専門機関の予測はさらに厳しく、2040年には約67万3千人、2045年には約60万2千人まで減少すると見られています 。これは、県の社会や経済のあり方を根本から変えてしまうほどの、大きなインパクトがあります。
この問題は、ただ人口が減るだけでなく、その中身(年齢構成)も大きく変わってしまう点に深刻さがあります。2045年までには、65歳以上の高齢者が人口の半分以上を占めるようになり、14歳以下の子どもは10%未満にまで減ってしまうと予測されています 。働き手世代である15歳から64歳の人口は、2015年と比べて半分以下(55%減)になると見込まれています 。
この人口減少には、二つの側面があります。一つ目は、1993年に始まった「自然減」がどんどん加速していることです。2021年だけで11,636人も自然に人口が減りました 。これは、生まれる子どもの数が激減(1947~49年のピーク時には約4万8千人だったのが、2020年には4,499人に)し、一人の女性が生涯に産む子どもの数の平均(合計特殊出生率)も低い(2020年時点で1.24)ことが原因です 。二つ目は、「社会減」です。昔よりは落ち着いたものの、今もなお、県の未来にとって大きな課題となっています。特に、高校や大学を卒業する年齢の若者たちが県外へ出て行ってしまうのです 。2020年と2021年には、県外への流出数が19年ぶりに3,000人を下回るという少し明るい兆しもありましたが、基本的な流れは変わっていません 。
こうした人口の変化は、税収にも深刻な影響を及ぼします。秋田県は、人口一人当たりの市町村税収入額が全国で最も低く、これは税金を納める働き世代が減り、高齢者が増えていることを示しています 。
表1:秋田県 主要人口指標(2020年の実績と2045年の予測)
指標 | 2020年 実績値 | 2045年 将来推計値 | 出典 |
総人口 | 約96万人 | 約60万2千人 | |
年少人口割合(0-14歳) | 9.7% | 10%未満 | |
生産年齢人口割合(15-64歳) | 52.8% | 50%未満 | |
老年人口割合(65歳以上) | 37.5% | 50%超 |
この状況をより深く理解するために、「秋田県人口ビジョン」が示す分析の枠組みがとても大切です 。このビジョンでは、人口減少には段階があるとされています。秋田県は2045年までに「ステージ3」に入ると予測されています。これは、若者や働き手だけでなく、高齢者そのものも減り始める段階のことです。この予測によれば、2045年までに秋田県の25市町村のうち22市町村がこの段階に進むとされています。これは、これまでの分析が主に減少の「率」や高齢化の「割合」に注目してきたのに対し、「ステージ3」という考え方は、これまでとは違う視点を与えてくれます。つまり、高齢化の波がピークを過ぎ、人口構造全体が縮んでいくという現実です。これは、政策の焦点を、単に増える高齢者を支えることから、地域コミュニティ全体の縮小をどう乗り切るか、という方向へシフトさせなければならないことを意味します。働き手もサービスの利用者も全ての年齢層で不足するため、病院や介護施設、お店といった生活を支える基盤そのものが維持できなくなるという、これまで以上に難しい問題に直面することになるのです。
1.2 県の挑戦:「第2期あきた未来総合戦略」
この危機に立ち向かうため、秋田県は「第2期あきた未来総合戦略」(令和2年度~6年度)を策定しました 。これは、人口に関するあらゆる政策の基本となる計画で、4つの基本目標を掲げています 。
- 基本目標1:魅力ある仕事をつくる
- 目標:やりがいのある、より良い条件の仕事を増やし、地元に住み続けてもらう。
- 目標値:製造品の付加価値額、農業の生産額、宿泊者数の増加 。
- 取り組み:最新技術(IoT/AI)の活用、成長が見込める産業(自動車、洋上風力発電)の支援、スマート農業の導入 。
- 基本目標2:新しい人の流れをつくる
- 目標:県外に出た人のUターン(Aターン)、新たな移住者、そして地域と多様に関わる「関係人口」を増やし、人の流出をプラスに転じさせる。
- 目標値:移住者数(年間700人)、Aターン就職者数(年間1,300人)、関係人口との連携強化 。
- 取り組み:移住や就職のマッチング支援の強化、情報発信の拡大、移住者が地域に馴染めるようなサポート体制の整備 。
- 基本目標3:結婚・出産・子育ての希望がかなう社会をつくる
- 目標:家族を築きやすい社会をつくり、自然減に歯止めをかける。
- 目標値:婚姻率を3.1で維持し、合計特殊出生率を1.33から1.54に引き上げる 。
- 取り組み:「あきた結婚支援センター」の機能強化、子育てへの経済的支援、女性が働きやすい環境づくりとワークライフバランスの推進 。
- 基本目標4:新しい時代にあった地域と人をつくる
- 目標:コミュニティが小さくなっても、活気と住みやすさを保つ。
- 目標値:日常生活サービスに不便を感じる住民の割合を減らし、地域活動への参加率を高める 。
- 取り組み:地域コミュニティのあり方の見直し、交通など生活に不可欠なサービスの確保、先進技術を活用した生活の質の向上 。
しかし、この県の戦略が掲げる高い目標と、人口の厳しい現実との間には、大きなギャップがあります。例えば、合計特殊出生率を1.54に引き上げるという目標 は、そもそも子どもを産む可能性のある若い女性の人口が減り続け、結婚率も全国で最も低いという現実 の中では、非常に難しい挑戦です。戦略は出生「率」の向上を目指していますが、その分母となる母親候補の数が減っているのです。このため、目標とする出生「数」を達成するのは二重に難しくなります。たとえ奇跡的に出生率が上がったとしても、若い女性の数が減っているため、生まれる赤ちゃんの絶対数は減り続けるかもしれません。この事実は、子育て支援だけでは不十分であり、若者を引きつけ、地元に残ってもらうための目標2の成功が、目標3の成否を左右する重要なポイントであることを示しています。戦略のそれぞれの目標はバラバラではなく、つながっています。特に、目標2の「人の流れ」がうまくいかなければ、目標3の「子育て支援」も実を結びにくい、という構造になっているのです。
2.市町村ごとの様々な顔 – 詳しく見てみよう
この章では、県全体の大きな問題を、いくつかのタイプに分けて市町村を見ていくことで、分かりやすく整理します。この比較を通じて、それぞれの地域の経済や場所の特徴が、人口問題にどう影響しているのかを明らかにします。
表2:秋田県内市区町村の比較概要
注:人口データは2024年4月調査 と2020年国勢調査 に基づきます。昼夜間人口比率は2020年国勢調査 に基づきます。主な経済と主な戦略課題は、提供された資料をもとに分析・整理しました。一部町村のデータは資料に記載がないため「-」と表記しています。
2.1 県の中心、ただ一つの都市:秋田市
県庁所在地である秋田市は、人口295,065人(2024年)を誇り、2番目に大きい横手市(81,616人)を大きく引き離す、ずば抜けて人口が多い中心地です 。昼間に市外から働きに来る人が多く、人口が103.73%になることからも 、周りの地域にとっての主要な勤務地であることがわかります。
しかし、その中心地ですら、やはり人口減少と無関係ではありません。人口は2020年の307,672人から減り続けており 、2023年には386人、市外へ出ていく人の方が多いという結果(社会減)になっています 。年齢構成も、他の農村部よりは若いものの、子どもの割合(10.7%)が低く、高齢者の割合(31.7%)が高い状況です 。
これに対して、秋田市は「第2期秋田市まち・ひと・しごと創生総合戦略」で5つの目標を掲げています。1) 若い世代が安心して結婚・出産・子育てできるようにする、2) 魅力的で安定した仕事をつくる、3) いろいろなつながりをつくり、秋田市への新しい人の流れをつくる、4) 高齢者が元気に暮らせるまちづくりを進める、5) ずっと住み続けられる魅力的な地域をつくり、安全安心な暮らしを守る、というものです 。これは県の戦略と似ていますが、高齢者への配慮(目標4)や、子育て支援(目標1)を特に重視しているのが特徴です 。しかし、目標の達成状況にはばらつきがあり、雇用の創出はうまくいっている一方で、合計特殊出生率は1.26から1.16へと下がり、人口流出を食い止める目標もまだ道半ばです 。
秋田市は、自らを県全体を引っ張っていく「エンジン」と位置づけています 。しかし、データを見ると、このエンジンが少しずつパワーを失っていることがわかります。市の経済的な魅力だけでは、自らの人口を維持することさえ難しく、県全体の人口減少を好転させるには力不足です。昼間の人口比率 は経済の中心としての役割を示していますが、市自体の人口が減り、人が流出している のは、そのエンジンが不調であるサインです。これは、秋田の発展を「中心(ハブ)とそこから広がる地域(スポーク)」というモデルで考えた場合、中心自体が縮んでいてはうまくいかないことを意味します。弱りつつある一つの都市に頼りすぎるのは、全体を不安定にします。だからこそ、これからの政策は、秋田市を強くするだけでなく、他の地域中核都市もそれぞれが自立し、元気になれるような、より分散した、しなやかな経済の仕組みをつくる必要があるのです。
2.2 地域を支える中心都市:横手市、大仙市、大館市、能代市
これら4つの市は、それぞれの地域で経済や行政の中心的な役割を担っています。人口規模は秋田市に次ぐ約4万8千人から8万6千人ほどで 、大仙市(98.85)を除けば、昼間人口が100を少し超えることから、地域にとっての雇用の中心地であることがわかります 。
彼らに共通する課題は、人口や経済活動がさらに秋田市や県外の大都市に吸い寄せられる中で、自分たちの街が「空っぽ」になってしまうのをどう防ぐか、という点です。広くて人口の少ない周辺地域を支えるためにも、地域の産業や生活サービスを維持していかなければなりません。
各市の戦略や成果は様々です。横手市は、2070年までに人口が67%も減るという厳しい予測に直面しながらも、出生数の増加や移住促進によって、人口40,272人を維持するという高い目標を掲げています 。その戦略には、起業家の支援や移住者にとって魅力的な街づくりが含まれています 。一方、大仙市は産業振興、移住促進、子育て支援、住みやすい地域づくりの4本柱で戦略を進めていますが 、目標の達成状況が大きな課題となっています。新しく農業を始める人の数は目標通りですが、新しい雇用の創出や子育て支援への満足度といった重要な指標が目標を大きく下回っています 。市は取り組みを強化するため、戦略を「デジタル田園都市構想」という新しい枠組みに見直さざるを得ませんでした 。
これらの都市は、難しい立ち位置にあります。秋田市や仙台市のような大都市と競争するには規模が小さすぎますが、もっと小さな村々で見られるような、ごく一部の地域に特化した、ユニークな生き残り戦略をとるには大きすぎます。彼らの苦労は、日本中の地方中核都市が抱える悩みを象徴しています。これらの都市の人口規模 と地域の中心としての役割 を見れば、その重要性がわかります。大仙市の苦戦している目標達成状況 は、立派な計画を立てても、実際に雇用を生み出したり人口を維持したりすることがいかに難しいかを示しています。もし、これらの地域中核都市が踏ん張れなくなると、病院や高校、専門的なお店などを頼りにしている周りの町や村にとって、非常に深刻な事態を招きます。彼らの衰退は、県内の広い範囲で生活に必要なサービスが受けられない「サービス砂漠」を生み出し、地域全体の崩壊を早めてしまうでしょう。したがって、政策は秋田市という一つの中心だけでなく、これらの中核都市が「ネットワーク」として連携し、強くなることに焦点を当てるべきです。
2.3 ものづくりが盛んな街:にかほ市と湯沢市
これらの都市は、力強い製造業によって支えられています。にかほ市は、TDKとその関連企業が集まる、生産用機械や電子部品の一大拠点です 。市のアイデンティティは「農業と工業の一体化」にあり、最近ではクリーンエネルギーの拠点にもなっています 。一方、湯沢市は、お酒や漆器といった伝統産業に加え、電子部品や自動車部品などの近代的な産業、さらには温泉などの観光業も持つ、より多様な産業構造が特徴です 。
彼らの中心的な課題は、地域全体が縮小していく中での、一つの産業に頼ることのもろさです。産業は安定した雇用をもたらしますが、海外の市場の動向や、減り続ける地域の人材に大きく左右されます。特に興味深いのは、にかほ市の昼間人口比率が97.32であることです 。主要な工業都市であるにもかかわらず、昼間は市外へ働きに出ていく人の方が多いのです。
この事実は、世界的に競争力のある産業があるからといって、自動的に人口問題が解決するわけではないことを示しています。力強い製造業だけでは、若者や家族を惹きつけ、定着させるために必要な、多様な仕事やサービス、暮らしの魅力といった環境全体をつくることはできないのです。にかほ市の産業の成功 と、通勤者が市外へ流出しているという現実 の間のギャップは、工場は活気にあふれていても、市には住民全員が地元で働けるだけの幅広いサービス業の仕事や、新しい住民を惹きつけるライフスタイルの魅力が不足していることを示唆しています。工場で働く人の家族は、自分たちのキャリアのために他の場所(例えば秋田市)へ通勤しているのかもしれません。このことから、経済政策は単に工場を誘致するだけでなく、「場所づくり(プレイス・メイキング)」、つまり、単に「働く」場所としてだけでなく、「住みたい」と思える魅力的な街にするための、生活の質、教育の機会、多様なサービス経済の発展に焦点を当てる必要があります。この点では、より多様な経済を持つ湯沢市の方が、よりしなやかなモデルと言えるかもしれません。
2.4 観光が主役の街:仙北市と男鹿市
これらの都市は、その素晴らしい自然や文化といった観光資源によって特徴づけられます。仙北市には、歴史的な武家屋敷が並ぶ角館、日本で最も深い田沢湖、そして有名な乳頭温泉郷など、秋田を代表する観光地が集まっています 。一方、男oga市は、険しい海岸線が続く男鹿半島、象徴的な「なまはげ」の伝統(ユネスコ無形文化遺産)、そして男鹿水族館GAOで知られています 。
彼らの課題は、季節に左右されがちな観光の魅力を、一年を通して安定した、定住につながる経済へとどう変えていくか、という点です。減り続け、高齢化する地元住民のためのサービスを維持しながら、観光客のためのインフラを維持するという、高いコストにも直面しています。男鹿市の人口は、市ができてから大きく減り続けています 。両市は、単なる観光客だけでなく、新しい住民やビジネスを惹きつけるために、そのユニークな魅力を活用しようとしています。男鹿市では、若い起業家がカフェやゲストハウスを始める新しい動きも見られ、伝統と新しいエネルギーが混じり合っています 。
世界レベルの観光地であることは、良い面と悪い面の両方があります。それは強力なブランドとなり、多くの人を惹きつけますが、同時に、給料が安く季節に左右されるサービス業に偏った経済を生み出し、安定した通年の仕事を求める若い家族を惹きつけ、定着させるには不十分な場合があります。この「観光地の魅力という罠」を避けるためには、観光ブランドをうまく利用して、リモートワーカーやハイテク企業、付加価値の高い農業、研究機関など、観光以外の経済活動を惹きつける戦略が必要です。男鹿市での若い起業家たちの新しい動き は良い兆候ですが、この罠を乗り越えるためには、意図的な政策によってその動きをさらに大きくしていく必要があります。
2.5 自然豊かな農山村の挑戦:東成瀬村、上小阿仁村、その他の小規模自治体
このグループには、東成瀬村(人口約2,400人)、上小阿仁村(人口約1,900人)、小坂町(人口約4,500人) など、最も規模が小さく、自然に囲まれた自治体が含まれます。これらの地域は、広大な森林(上小阿仁村は面積の92.7%が森林)、農業や林業といった第一次産業が中心であること、そして極端な過疎化と高齢化によって特徴づけられます。
ここでの中心的な課題は、単に人口が減ることではなく、コミュニティそのものがなくなってしまう可能性です。彼らは深刻な人手不足に直面し、地域の主要産業や生活に不可欠なサービスを維持することが難しくなっています 。若者にとっては地元の仕事の選択肢がほとんどなく、学校を卒業するとほぼ全員が地域を離れてしまいます。
しかし、まさに生き残りをかけて、これらの自治体は新しいアイデアを試す実験場になっています。東成瀬村は、異なる業種の季節的な仕事(冬はスキー場、夏は農業など)を組み合わせることで、一年を通した安定した雇用を生み出す「特定地域づくり事業協同組合」を立ち上げました 。また、ハイテクな仕事を誘致し、技術で地域の問題を解決するために、官民共同のIT企業「なるテック」を設立しました 。小坂町は、小さいながらも昼間に働きに来る人が多く(昼間人口比率110.98)、安全なまちづくり、移住促進、地元産業の活性化という3つのシンプルな柱に集中した戦略をとっています 。上小阿仁村の戦略は、広大な森林資源を循環型経済のために活かし、グリーンツーリズムを推進して新しい人の流れをつくることに焦点を当てています 。
皮肉なことに、最も深刻な状況にある自治体が、最も新しい挑戦が生まれる場所になっています。これまでのやり方が通用しなくなった彼らは、東成瀬村の仕事をシェアする組合のような、新しい運営方法や経済モデルを試さざるを得ないのです。これは、上からの計画ではなく、下からの、生き残るための知恵なのです。これらの小さな実験には、県全体、そして日本中の農村地域にとって貴重なヒントが詰まっています。「管理された縮小」が「革新的な適応」にもなりうることを示しています。大切なのは、過去の成長を取り戻そうとすることから、より小さく、これまでとは違う未来のための、新しい持続可能なモデルを創造することへの転換です。これらの地域のイノベーションを支援し、広げていくことが、県の戦略の重要な柱となるべきです。
3.まとめと未来への提案
最後の章では、市町村ごとの分析結果をまとめ、より広い視点からの結論を導き出し、それぞれの地域に合った、実行可能な提案を行います。
3.1 秋田県に共通する課題
- 若者の流出:18歳から24歳くらいの若者が県外へ出て行ってしまうことは、どの市町村にとっても一番の悩みです。これは、大都市と比べて魅力的な大学や仕事が少ないと感じられていることが原因です 。
- 学びと仕事のミスマッチ:大学に進学する人の多くが県外の大学へ行き、卒業後もほとんど戻ってきません。これは、県が育てた貴重な人材が、どんどん外へ出て行ってしまっていることを意味します 。
- 地域のつながりの弱まり:県内の至る所で、人口減少が地元の商店や交通機関、お祭りや助け合いの仕組みといった、地域に不可欠な機能の存続を脅かしています 。
- お金の制約:税金を納める人が減り、高齢者への社会保障費が増えることで、市町村の財政が圧迫され、未来への投資や生活の質を高めるための取り組みがしにくくなっています 。
3.2 これまでの取り組みを振り返る
県や市町村が進めてきた総合戦略は、国の「まち・ひと・しごと創生」の方針に沿っており、仕事、人の流れ、子育て支援といった重要なポイントを正しく捉えています。しかし、合計特殊出生率を上げる、人口を増やすといった目標と、人口減少という大きな流れとの間には、大きな隔たりがあります。大仙市の例が示すように、良い計画を立てても、圧倒的な構造的な問題の前では、目標を達成できないことがあります 。戦略は地域ごとに調整されていますが、第2部で見たようなそれぞれの特徴に合わせた工夫が足りず、昔ながらの解決策(工場誘致、観光振興など)に頼りすぎているかもしれません。「農山村のフロンティア」で生まれた、必要に迫られての新しいモデルは、まだ県全体の主流にはなっていません。
3.3 これからの秋田を元気にするためのオーダーメイド提案
- 都市核(秋田市)へ:唯一の「エンジン」役から、県全体の「ネットワークのまとめ役」へと役割を変えるべきです。市の力を使って、他の地域中核都市との交通、経済、デジタルの連携を強め、県内各地に元気な拠点がある、多極的な県を目指すべきです。また、都市としての暮らしやすさや文化的な魅力、伝統産業以外の多様な仕事を増やすことで、自らの人口流出にも積極的に取り組み、若いプロフェッショナルたちが「住みたい」と選ぶ場所になる必要があります。
- 地域中核都市(横手市、大仙市など)へ:得意分野を伸ばし、連携することに集中すべきです。各市が何でもやろうとするのではなく、それぞれが得意な経済機能(例えば、一方は最先端農業、もう一方は物流など)を育て、広いエリアにサービスを提供するために協力し合うべきです。これらは、地域全体の活力を守るための大切な砦です。
- 産業集積地(にかほ市、湯沢市など)へ:焦点を当てるべきは「場所づくり」です。産業の強みを活かして、生活の質、教育、文化的な魅力に重点的に投資します。目標は、「工場の町」から、高い技術を持つ働き手の家族や、多様なサービス業で働く人々を惹きつけ、定着させることができる「住みやすい産業コミュニティ」へと変わることです。
- 観光経済(仙北市、男鹿市など)へ:観光の先にある多様な可能性を探るべきです。「観光地としての魅力」を磁石として、ハイテク企業、リモートワーカー、研究機関など、観光以外のビジネスを惹きつけます。戦略は、一時的な訪問者を惹きつける「観光名所」だけでなく、永住者を惹きつける「ライフスタイル」を売り出すことであるべきです。
- 農山村のフロンティア(東成瀬村など)へ:県は、これらの地域で生まれている成功事例を見つけ、支援し、広げていくための「農村イノベーション基金」のような仕組みをつくるべきです。東成瀬村の仕事をシェアするモデルは、他の小さな自治体でも応用できるよう研究されるべきです。ここでの焦点は、無理に成長を目指すのではなく、小さくなっても質の高い、持続可能な暮らしを実現することにあります。
人口減少の時代を乗り越えるために
秋田の人問題は、日本の多くの地域がこれから直面する未来の姿を、一足先に見せているような、複雑で根深い問題です。人口の減少は深刻で、昔のような人口に戻ることは、現実的ではありません。
これからの道は、現実をしっかりと見据えた戦略が必要です。目標は、単に人口減少を止めることではなく、それをうまく管理しながら、生活の質を維持し、新しいタイプの、持続可能でしなやかな、しかしより小さな社会を育んでいくことです。
課題は計り知れませんが、この分析を通じて、新しい挑戦や、困難に立ち向かう強さの芽が見えてきました。どこでも同じような解決策ではなく、それぞれの地域に合った、データに基づいた、協力的なアプローチを取り入れ、地域コミュニティに力を与えることによって、秋田は人口減少という厳しい時代を乗り越え、次の世代に希望ある未来をつないでいくことができるでしょう。