「秋田県の所得は全国最下位」——そう聞いても、地元に住んでいると「でも普通に暮らせているけどな」と感じる方は少なくないはずです。ただ、データを丁寧に読み解いていくと、単純な「最下位」という一言では収まらない複雑な構造が見えてきます。県内でも大潟村と過疎の山間部では所得水準がまったく異なり、「秋田県」という括りの中にも大きな格差が存在します。
この記事では、入手できる統計データをもとに県内市町村の所得順位を整理した上で、その背景にある産業構造・人口構成・生活コストの問題を掘り下げます。なお、本記事で引用している統計データは主に2017年度〜令和元年度(2019年度)のものです。2026年現在とは最大で約7〜9年の開きがあり、その後の情勢変化(最低賃金の引き上げ、洋上風力関連雇用の拡大など)によって実態が変化している可能性があります。数値はあくまで傾向を読む参考としてご覧ください。
まず「所得」の定義を整理する——指標が変われば順位も変わる
「平均年収」「平均所得」「県民所得」は似て非なる指標であり、どのデータを使うかによって順位は変わります。この点を最初に押さえておかないと、記事やニュースの数字を誤読しやすいため、簡単に整理しておきます。
- 課税対象所得(平均所得):総務省「市町村税課税状況等の調」が根拠。農業所得・自営業所得を含む全納税義務者の所得を集計するため、農業従事者比率の高い地域の実態が反映されやすい。
- 平均年収(給与所得者ベース):厚生労働省「賃金構造基本統計調査」が根拠。給与所得者のみを対象にしているため、農業従事者・自営業者・無職の高齢者などは対象外となり、秋田のような農業県では数値が高めに出る傾向がある。
- 県民所得:内閣府が公表する「県民経済計算」に基づく。雇用者報酬・財産所得・企業所得を合算したマクロ指標で、個人の生活実感とは乖離することが多い。
「秋田は最下位か否か」という問いへの答えも、どの指標を使うかで変わります。以下の本文では原則として指標名と出典を明記するようにします。
秋田県の平均所得、全国での立ち位置
総務省「市町村税課税状況等の調(2017年度/平成29年度)」に基づく課税対象所得(平均所得)では、秋田県の平均は約261万円で全国47位、つまりこのデータ上では最下位となっています。同じ統計での1位は東京都(約441万円)で、その差は約180万円です。また46位の鳥取県(約267万円)とも差があり、下位グループの中でも秋田は特に低い水準に位置しています。
一方、厚生労働省「令和元年(2019年度)賃金構造基本統計調査」に基づく平均年収(給与所得者ベース)では、秋田県は約379万円で全国44位という数字があります。同じ「秋田県の所得」を指していながら、261万円と379万円という大きな開きが生じるのは、前述のとおり農業従事者・自営業者・年金受給者などが後者の統計には含まれないためです。
また、FAQで「全国何位か」という質問をよく見かけますが、「最下位(47位)」という表現は課税対象所得の文脈では概ね正確です。ただし補足にある「44〜45位前後」は給与所得者ベースの別統計の話であり、両者を混同しないようにする必要があります。
いずれのデータも2017〜2019年度時点のものであり、2026年現在の最新値は本記事執筆時点では確認できていません。最新の順位を確認したい場合は、総務省・厚生労働省の公式統計を直接参照することをおすすめします。
県内市町村の所得ランキング——大潟村がなぜトップなのか

「秋田県内で最も平均所得が高い市町村はどこか?」と聞かれたら、秋田市と答える方が多いかもしれません。ところが、課税対象所得ベースでは違います。
以下の表は、総務省「令和元年度(2019年度)市町村税課税状況等の調」に基づき、秋田県内市町村の課税対象所得(納税義務者1人あたり)を上位から示したものです。なお、このデータは2019年度時点のものであり、2026年現在の最新値ではありません。また、下表は入手できたデータに基づく参考情報であり、全市町村の網羅的な順位一覧ではない点をご了承ください。
| 順位(県内) | 市町村名 | 課税対象所得(1人あたり・概算) | 主な産業・特徴 |
|---|---|---|---|
| 1位 | 大潟村 | 300万円超(県内唯一) | 大規模農業(八郎潟干拓) |
| 2位 | 秋田市 | 約294万円 | 県庁所在地・商業・公務員集積 |
| 上位グループ | 東成瀬村 | 詳細数値は未公表・上位に位置 | 公務員・林業、人口約2,500人 |
| 上位グループ | 上小阿仁村 | 詳細数値は未公表・上位に位置 | 公務員・林業、人口約2,000人 |
| 下位グループ | 高齢化が進む農村部各町村 | 200万円台前半が多い(概算) | 農業・年金受給者が多数 |
大潟村の全国順位については、同統計上で88位(約366万円)という数値も参考データとして存在しています(出典:総務省「令和元年度市町村税課税状況等の調」)。秋田市の約294万円と大潟村の差は小さく見えるかもしれませんが、農業所得ベースで300万円超えを達成している点は全国的にも異例です。
なお、補足に記載された「求人情報などを集計した別の統計では大潟村・東成瀬村が約477万円、上小阿仁村が約475万円」という試算については、集計機関名・調査年度・集計方法が現時点では確認できていないため、本記事では参考値として扱い断定的な記述は避けます。
大潟村がトップに立つ理由
大潟村は八郎潟の干拓によって1964年に誕生した計画農村です。1戸あたりの農地規模が全国でも際立って大きく、米・大豆を中心とした大規模経営が定着しています。規模の経済が働くため、農業所得が他地域の農家と比べて安定して高く出る構造になっています。村の人口が約3,000人と少ないため、納税義務者1人あたりの数値を計算すると必然的に高くなるという側面もあります。
ただし、大潟村の成功は「干拓という特殊な条件のもとで国が整備した大規模農地」という前提があってのことです。同じモデルを県内他地域に単純に転用できるわけではなく、「大潟村型で秋田全体の所得を引き上げる」という発想には構造的な限界があります。
東成瀬村・上小阿仁村が上位に来る理由と注意点
過疎の山間部に位置するこれらの村が所得上位に来るのは、一見すると不思議に思えます。背景にあるのは「選択的残留」と呼ばれる現象です。人口が極端に少ない村では、若い世代や低所得層の多くが県外に流出し、残った住民は公務員・林業関係者・農業後継者など比較的安定した収入を持つ層に偏っています。つまり「所得が高い」のではなく、「低所得層が抜け落ちた結果として平均値が上振れしている」面が強いのです。この点は、所得ランキングを読む際に見落とされがちな重要な視点です。
下位グループの構造
下位に位置しやすいのは、高齢化が進んだ農村部の町村です。年金収入のみの高齢者が納税義務者に多く含まれると、課税対象所得の平均が大きく下がります。秋田県内の所得格差は、産業構造と人口構成の変化を映す鏡でもあります。なお、農業地帯の市町村では農業所得の変動が住民の生活水準に直結する構造については、大仙市の人口問題を深掘りした記事でも詳しく触れています。
秋田県の所得が低い本当の理由——産業構造から読む
「なぜ秋田の所得は低いのか」という問いに対して、「大企業が少ないから」という答えはよく耳にします。事実ではありますが、もう少し構造を丁寧に見ていく必要があります。
秋田県の産業構造を見ると、第一次産業(農林水産業)の割合が全国平均より高く、製造業や情報サービス業など高付加価値産業の割合が低い状態が続いています。農業は天候・市場価格に左右される不安定さがあり、特に小規模農家では年間の農業所得が100万円を下回るケースも少なくありません。豊作であっても米価が下落すれば収入は増えない——この構造は、平均所得の底を引き下げる大きな要因です。
若年層の県外流出も深刻です。20〜30代の若者が進学・就職を機に首都圏や仙台へ移り、その多くが戻ってこない傾向が続いています。残る労働力が中高年・高齢者中心になると、生産性の高い業種への転換が難しくなり、低所得の固定化につながります。秋田県が衰退する理由を分析したこちらの記事でも指摘しているとおり、人口減少と産業の空洞化が相互に作用する悪循環がこの問題の核心にあります。
公務員・医療・福祉への雇用依存度が高いという特徴もあります。民間製造業が少ない分、安定雇用の受け皿として公共部門・医療福祉が大きな割合を占めています。景気変動に強い反面、民間企業のような利益成長による賃上げが起きにくく、地域全体の賃金水準を牽引する力にはなりにくい業態です。
最低賃金の低さも見逃せません。秋田県の最低賃金は近年引き上げが続いていますが、東京都との格差は依然として大きく、パートタイム・非正規雇用が多い地方では最低賃金の水準が地域の平均所得に直接響きます。2026年現在、全国的な最低賃金引き上げの流れが続いており、この点については今後のデータ更新で秋田の位置づけが変化する可能性があります。
所得の低さは「生活の苦しさ」と同義か——地元目線で考える
数字だけを見ると「秋田は貧しい」という印象を受けるかもしれません。しかし実際に秋田で暮らしていると、そう単純ではありません。
最も大きいのは住居費の安さです。秋田市内でも、東京と比べれば月々の家賃負担はまったく異なります。郊外や農村部に行けば、広い一軒家に住みながら月の固定費を大幅に抑えることも珍しくありません。所得は低くても、可処分所得の実感は数字ほど悲観的ではないという声を地元でよく聞きます。
食費の安さも秋田ならではの特徴です。米・野菜・魚など地場の食材は産地直売所や道の駅で安価に手に入ります。あきたこまちや各地の直売所で調達する食生活は、都市部では実現しにくい豊かさです。
ただし、こうした「生活コストの低さによる補填」には限界があります。車の維持費(秋田では1人1台が事実上必須です)、子育て費用、医療費の自己負担——これらは所得が低ければ確実に家計を圧迫します。特に子育て世帯にとって、所得の低さと教育機会のアクセスは切実な問題です。移住者が「生活コストが低くて暮らしやすい」と感じる一方で、地元の若い世代が経済的に苦しい現実も並存しています。「生活できる」と「豊かに生きられる」は別の話であり、その両方を直視することが必要です。
秋田の所得を上げるために——何が現実的な処方箋か
所得ランキング下位の状態を変えるために、秋田県や各市町村が取り組んでいる施策はいくつかあります。ただし、それぞれに「地元への波及効果」という条件を丁寧に問い直す必要があります。
IT企業のサテライトオフィス誘致やリモートワーク移住者の受け入れは、都市部の収入水準を保ちながら秋田で暮らす人口を増やすアプローチです。大館市をはじめ複数の自治体が移住支援金を設けて定住を後押ししており(大館市の移住支援詳細はこちら)、地域の平均所得を底上げする効果が期待されています。
農業の高付加価値化も重要な柱です。大潟村型の大規模農業は横展開が難しいとはいえ、ブランド米・有機農産物の単価向上、秋田牛・いぶりがっこなどの6次産業化は、農業地帯の所得改善に直結しうる取り組みです。
再生可能エネルギー産業、特に秋田沖の洋上風力発電は全国屈指の適地とされており、建設・保守・関連製造業など新たな雇用を生む可能性があります。ただし、大型インフラが建設されても利益と雇用が県外に流出するだけでは地域の賃金上昇には直結しません。地元企業・地元人材の育成が伴わなければ、数字の上での「投資」が地元所得の改善にはつながらないという懸念は、地域に住む人々の間で繰り返し語られてきたことです。
所得を上げることは、人口を引き留めることにも直結します。「稼げないから若者が出ていく→担い手が減る→経済がさらに縮む」という連鎖を断ち切るには、所得向上策と移住・定住策を同時並行で進めることが欠かせません。
よくある質問
秋田県の平均所得は全国何位ですか?
使う指標によって異なります。総務省「市町村税課税状況等の調(2017年度)」に基づく課税対象所得では秋田県は全国47位(最下位)というデータがあります。厚生労働省「令和元年賃金構造基本統計調査」に基づく給与所得者ベースの平均年収(約379万円)では全国44位という数字があります。いずれも2017〜2019年度時点のデータであり、2026年現在の最新順位については公式統計を直接確認することをおすすめします。
秋田県内で最も平均所得が高い市町村はどこですか?
総務省「令和元年度市町村税課税状況等の調」に基づく課税対象所得(1人あたり)では、大潟村が県内唯一の300万円超えを記録し、トップとなっています。2位は秋田市(約294万円)です。大潟村は八郎潟干拓による大規模農業が定着しており、農業所得が他地域より安定して高いことが主な要因です。
所得ランキングで下位に来る市町村はどんな地域ですか?
高齢化が進んだ農村部の町村が下位に位置しやすい傾向があります。年金収入のみの高齢者が納税義務者に多く含まれると、課税対象所得の平均が低くなります。小規模農家が多く農業所得の変動が大きい地域も同様です。一方で、東成瀬村や上小阿仁村のように人口が極端に少ない村では、低所得層が県外流出した結果として平均値が上振れするケースもあるため、単純な「高い=豊か」という解釈は慎重に行う必要があります。
秋田県の所得が低くても生活できるのはなぜですか?
住居費・食費など生活コストが全国平均より低いためです。家賃は都市部の半額以下になるケースも多く、地場の野菜・米・魚が安価に手に入る環境は所得の低さを補う面があります。ただし車の維持費・子育て費用・医療アクセスなど、生活コストを押し上げる要因もあり、「生活できる」と「経済的に余裕がある」は別の問題です。
秋田県の所得は今後上がる見込みがありますか?
秋田沖の洋上風力発電関連産業の拡大、農業の高付加価値化、リモートワーク移住者の増加などが所得水準を押し上げる可能性のある要因として注目されています。全国的な最低賃金引き上げの流れも、非正規雇用が多い秋田の底上げに一定の効果をもたらす可能性があります。ただし、これらが地元の雇用・賃金に直接つながるかどうかは産業育成と人材確保の進捗次第であり、短期的な急回復は難しいというのが現実的な見方です。
所得ランキングと「県民一人あたりの生活水準」は一致しますか?
必ずしも一致しません。所得ランキングは特定の統計指標の順位であり、生活コストの差・現物給付(農産物の自家消費など)・家族間の支え合いといった要素は数値に反映されません。秋田の場合、所得水準の低さと生活の豊かさの実感にはズレがあると感じる住民が多く、数字の裏にある構造を理解した上で読む必要があります。
秋田県の所得ランキングは、数字の裏にある産業構造・人口構成・地域格差を読まなければ実態は見えてきません。「最下位」という事実を直視しつつ、大潟村の大規模農業モデルや洋上風力など新産業の芽をどう地域全体の賃金上昇につなげるかが、今後の課題です。秋田の現状をより広い視点で知りたい方は、秋田県の人口問題と市町村ごとの課題をまとめた記事もあわせてご覧ください。
